49 以下、VIPがお送りします 投稿日:2011/06/05(日) 16:51:53.85 ID:kSJ6WKpV0
吹奏楽部が楽器鳴らす音や野球部の掛け声が遠くに響いている
暗くなりかけた放課後
夕日の差す教室には同級生の男女二人
その空間のまにまに両思いの二人
数秒前の”ただの友達”が玉響の間”恋人同士”に変化する
みたいな幻想的な茶番が全国の学校で
幾度と無く繰り広げられているんだろうな……
49 以下、VIPがお送りします 投稿日:2011/06/05(日) 16:51:53.85 ID:kSJ6WKpV0
吹奏楽部が楽器鳴らす音や野球部の掛け声が遠くに響いている
暗くなりかけた放課後
夕日の差す教室には同級生の男女二人
その空間のまにまに両思いの二人
数秒前の”ただの友達”が玉響の間”恋人同士”に変化する
みたいな幻想的な茶番が全国の学校で
幾度と無く繰り広げられているんだろうな……
20歳くらいのときにエリック・シーガルという人の『ラブストーリー』という恋愛小説とその映画化が大ヒットしたことがあった。
前にも書いたことがあるが、そのときのキャッチフレーズが
Love is never to say sorry.
というのである。
これを配給会社は「愛とは後悔しないこと」と訳した。
「愛とは後悔しないこと」では、「とにかく後先考えずに情熱に身を任せて突っ走れ」というふうに誰でも理解するだろう。
しかし、意味はまったく違うのである。
この台詞は、身分違いの貧家の娘と結婚した息子を勘当にした大富豪の父親が、夭逝したその娘の葬儀のときに数年ぶりにあった息子に、お悔やみとともに、「I’m sorry」と言うのに対して、息子が顔も見ずに返す言葉なのである。
「もし、あなたが私を愛していたのであれば、あとになって『すまぬ』などと言うような行為をするはずがない。つまり、あなたは息子である私を昔もいまも愛してなどいないのである」という、これは絶縁の言葉なのである。
「愛」というのは、あとで「ごめん」といわねばならないような仕儀に立ち入らないように、一瞬たりとも気を緩めないほどにはりつめた対人関係のことである、ということを私はこのとき学んで、「おおお」と目からウロコを落としたのである。
「愛する」とういうのは「相手の努力で私が快適になる」ような人間関係のことではなく、「私の努力で相手が快適になる」ような人間関係のことなのである。
"— とほほの日々 The days of pains and regrets (via chica) (via kiku) (via kn) (via yangoku) (via lunaryue) (via rollstone) (via nyampire) (via roamingsheep) (via kuwataro)
2009-05-29 (via yasaiitame) (via atorioum) (via l9g) (via motomocomo) (via mitaimon) (via otsune) (via konishiroku) (via allgreendays) (via kento0307)
仕事で。
ナースでぇーす☆命救ってまぁーす☆
って昨日の合コンで言って、「実演!」なんつって脈を測るふりして手を握ったりして、
すごい楽しかったその翌日に、真顔でここにいて、本気で脈を測っている。
その脈はとても規則正しく、きれいに打っているけど、
目の前の人は、目も開けない。いや、たまに半目。なんの意識もない。
何も喋んない。何も食べない。自分で息すらできてない。
人工呼吸器の一定の吸気排気のリズムと、心電図モニターの音と、たくさんの点滴がぐるぐると彼を囲んでいる。
その人は、私の彼氏でもなければ、親御でもない。ただの一期一会。私はこの人を知らない。
ある日、玄関で倒れた。脳出血だったみたい。
1人暮らしで、家族はいなかった。地方から1人出てきて、兄弟からも絶縁されていた。
色々な機関をあたって、やっと連絡先を見つけて連絡を取った家族は
「いやぁ~あの~」を100回くらい要所に挟みながらも、
つまりは「死んだら、連絡ください」
ということを言った。
可哀そうとは、思わなくなってしまった。もう。
人生のその瞬間だけを見て、ドラマのように「ひどい、可哀そう」とは思わなくなってしまった。
本当に色々な人生が人にはあって。
長い長い色んな積み重ねの中で今、その言葉があるってことを、いっぱい見てきた。
仕方ない。
脈は正常。
呼吸は一定。
でも植物状態。
生きてても、死んでても、なんでもいい人。
主治医の興味はどんどん薄れて、そっと、その人は、そこにいるだけの人になった。
愛されて愛されて、抱きしめられて、見舞いも何人もくる患者さんの横で、
静かに、ピッ・・・ピッ・・・と彼の心電図モニターの音が響いていた。
この人は、生きているのだろうか。
この人は、死んでいるんじゃないか?
もうほとんど死んでいるんじゃないか?
脳死とかドナーとか命のリレーとか、そういうの見聞きするたびに、
私は見失う。
命ってのは何で、臓器ってのは何で、この人は何で。
血圧が少し、安定しない夜があった。
私は医師に報告した。
血圧を上げる薬も、下げる薬も、たくさんあった。
でも医師は、「んー」を何度も繰り返し、私を静かに諭すように、
「自然に看取ってあげよう」と言った。
死っていうのはさぁ~
医療の敗亡じゃないんだよぉ~
むしろね、むやみに色々やることのほうが~
人間らしさを奪う行為にぃ~
「美しい」と思う。そういうのって。
美しいし、わかりやすいし、とても満ちているって思う。言葉で聞くと。文で読んでも。
人間らしくないよね。機械につながれて、点滴チューブに囲まれて、ただ延命されてる。
しかも誰一人、「この人を助けて」って人もいないわけで。
うん。
うん。
うん。
先輩にそう伝えると、「うん・・・」
後輩にそう伝えると、「はい・・・」
私たちは、そうして、彼のカルテを閉じた。
その日、たまたま飲みに行って、うまいうまい言って煮物を頬張りながら、
全然違う話をしてたのに後輩が、
「でも、なんか今日、いつもより顔色良かったですよね」
と、言った。
「あの人さー、髭はえる速度、超はやくないー?
私、朝そったのに、夜もうボーボーだったんだけどー」
と先輩がクスクス笑った。
手を、彼の手を、握ったことがない看護師はいない。
毎日、毎勤務、私たちは欠かさず、彼の手を取り脈を測る。
彼の名前を耳元で呼び掛ける。
体を吹く。
腕を取り、足を抱えて、抱きしめるかのように、体位をかえる。
毎日毎日熱を測って、熱のある日には氷枕を、熱が下がればそれを枕に。
汗をかけば、タオルでふいて、髭をそる。爪を切る。
そんな中で、「あれ?今日、顔色いいな」って日がある。
「あれ、今日苦しそうだな」って日もある。
毎日、毎時間、違う。
脈も血圧もタンの量も、すこしずつ違う今日がある。
どんだけ機械に囲まれようとも、管に絡まれようとも、
この人を、人間らしくないなんて思えたこと一度もない。
わかっていても、目の当たりにすると脳死は人の死だなんて思えない。
生きているとしか思えない。
意識がないことなんてちっぽけなことなくらい、
今ここにある命が圧倒的すぎて、
命すげぇーって思って、
死んでく人もたくさんみるからこそ、
もう生きてると死んでるじゃ、全然違って、
「人として生きてるとは言えない」って言葉が薄っぺらに感じるくらい、
ただもう、ただもう、命があるってことがすごい。問答無用に。命がすごい。
学生の頃は「病院で死ぬということ」を読んで感銘を受けて、
人間らしく生きるとは~!なんて必死だったけど、
法律とか、もう色々あるんでしょうけど、
その時代時代の雰囲気で変わるものの上に乗せてしまっていいのかと思うくらい、
今、現場で、毎日見つめる命というものは、すごい。すごすぎる。
脳死という問題があり。延命という問題がある。臓器という問題もそこをウロウロしている。
命のリレーと言われたり、死待ちの医療と言われたり、枯れ木に水と言われたり。
でも、今、その命の目の前に立ったとき、何も正解を言えない自分がいる。
"— ベテラン看護師に問われても、わからない命のこと。 (via hxsxy, openarms) (via naha) (via nsx) (via tiga) (via konishiroku) (via yaruo) (via peckori) (via gamsic) (via gatearray) (via rioysd) (via galliano) (via gamme)
163 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/04(木) 12:42:29.49 ID:esx3wD3bO
いい加減一人プリキュア作れよ
しかも変身前が20過ぎたOLとかで、毎回毎回「私何やってんだろ…」が決め台詞
180 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/04(木) 12:52:00.91 ID:wjqQ6nx90
»163
正直ちょっと見てみたい
184 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/11/04(木) 12:55:04.20 ID:LXDTzdL3O
»163
「出たわね、ヒトリメシ!」
チーズケーキの「ひよこのマーチ」| 小田原のケーキ店 プティタプティ(Patisserie Petit a Petit)
まず、アーモンドをむしって、、、とよからぬ想像をかきたててくれるじゃないw
(via fileo)
愛情面:
親が自分をまず愛してくれたのとパラレルに考え、男性がまず自分を愛してくれることが出発点となってしまう。
大人として両者が愛し、愛される相互関係ではなく、庇護者から愛を与えられたから次に自分がそれを受け入れる。という関係だ。
つまり、こういう結婚観(もしかしたら恋愛観もかもしれない。)を持つ人は、愛してくれる人の愛情を受け入れられる=その人を自分も好きと考えちゃう。
"402: 肌寒い(大阪府):2010/12/11(土) 06:44:36.76 ID:ZoUoD0YsP
周りの部屋すべてが同じ趣味だといろいろ捗るぞ
\ / プリッキュア \ /
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<プリッキュア プリッキュアー/ |プリッキュア >
| (・∀・)ノ [□]|l .|
/ ̄ ̄ ̄ ̄ノ(ヘヘ ̄ |=|,l ̄\
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\ プリッキュア / \
一度こういう部屋住んだが、なんか一体感が感じられた
"